ウィンブルドンの車いすテニスで小田凱人選手が2連覇し、6大会連続で10度目の四大大会制覇を成し遂げたニュースを目にしたとき、素直に感心すると同時にふとこんな疑問が湧いた。彼の頭の中、あるいは情報整理の仕方はどんなものだろうか、と。多くの人がノートやメモ帳を記録でパンパンに膨らませ、最終的には管理が難しい「重くて膨大な山」にしてしまう現象に対して、トップアスリートの集中力や情報整理との対比から考えを巡らせてみたくなったのだ。

ウィンブルドンのような大舞台では、選手は膨大な情報を脳内で瞬時に整理し、取り捨てる判断を常に繰り返している。対戦相手の癖、体調、自らの戦術、過去の経験。パンク状態とは正反対の整理整頓が求められる。ところが私たちの日常はどうか。ノートは次から次へと書き足され、分類も参照も追いつかず、気づいたらミックスジュースのような無秩序な塊ができてしまう。

この違いの根底にあるのは、「情報の取捨選択と目的意識」の鮮明さだ。小田選手たちは勝利に直結する情報だけを研ぎ澄ませて蓄え、他は切り捨てる。しかし私たちはどうか、情報をとりあえず「なんとなく」書き留める。その「なんとなく」が積み重なり、ノートの肥大化を招く。つまりノートが膨らむのは、記憶の助けになるよりもむしろ「記憶の逃げ場」であり、その裏返しとして「自分の意識が整理できていない」証しなのだ。

また、ウィンブルドンの選手たちが集中力を保っているのは、明確な目標設定と時間制限があるからこそ。対して私たちのノートは、終わりの見えないプロジェクトのようなもので、とにかく溜め込むだけで整理はいつでもできるという錯覚が働く。これも気づかぬうちにノートの負荷を増大させ、思考の邪魔になってしまう。

ではどうすれば良いか。ノートを軽くする唯一の道は、ウィンブルドンの選手のように「目的と優先度を絶えず見直すこと」に尽きる。書き込んだ情報をジャッジし、重要でないものを潔く手放す勇気が必要だ。情報は処理してこそ意味を持つ。溜め込みに慣れてしまった頭を、一度リセットするつもりでノートの運用ルールを見直してみてほしい。

私たちはつい「全部覚えたい」「後で使うかも」と思いがちだが、それは案外幻想に過ぎない。ウィンブルドンの猛者たちのように絞り込むことで、ノートは軽くなり、思考はクリアになる。つまりノートが重いのは、膨らむ情報の質よりむしろ、その扱い方の問題だと気づくことから始まる。精神的な整理の一歩として、今一度、情報の価値を見極めるクセをつけてみてはいかがだろうか。