最近の食品消費税引き下げのニュースを見て、ふと思った。私たちのメモやノートも似たような“消費”の動きに巻き込まれているのではないかと。制度や税率が変われば消費の仕方も変わるように、私たちの情報の消費や保管のあり方も日々変化し、ついには膨れ上がって扱いにくくなる。ざっと見渡せば不要な情報で溢れているのに、手放せないという不満がやまないのはなぜか。\n\n多くの人はメモを「消費」しきれずに蓄え続ける。情報をノートに書き留める行為はある種の消費活動であり、記録を増やせば増やすほど、その管理コストが膨れ上がっていく。しかし、情報の取捨選択が難しい。まるで税率1%をどう減らすか議論される消費税のように、私たちの心は日々の情報量という“税率”を減らしたいのに、無意識に増し続けてしまう。\n\nこれは構造的な問題だ。情報や知識は消えてしまうと不安になるので、とりあえず保存しておくという“貯蓄”の心理が働く。加えて、デジタルツールの普及でメモの保存に物理的な壁がほぼないため、際限なく消費→蓄積のループに陥る。つまり、膨大な記憶領域の“消費税”を無意識に高く設定してしまっているのだ。\n\nではどうすればいいか。消費税引き下げの議論が示すように、ただ削減を願うだけでなく、根本的な制度設計が必要なのと同じく、メモやノートの扱い方にも設計思想が求められる。情報の“税率”を見直し、本当に必要なものだけを残すための習慣や仕組みを作ることが大事だ。一定期間が来たら見直すリマインドや取捨選択のルールなど、ムダな“税負担”を減らせば、ノートは重くならず、思考の鮮度も保てる。\n\n結局、私たちは情報の“消費”と“蓄積”のバランスをうまくとれていないからこそ、メモが膨らみすぎてしまう。情報過剰という現代の消費社会の縮図が、ここにもあるのだ。今回の消費税の話題をきっかけに、自分のメモや思考の“税率”を見直してみるのも悪くないかもしれない。
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